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2012-05-01

 「蚕だけが絹を吐く」    ジャーナリスト 扇谷 正造

 自然界には、何万・何十万種類という、昆虫がいます。その中で、人間の役に立つ、貴重な「絹」を吐くのは、「蚕」だけだといいます。

 現在の日本は、先行き不透明な混沌とした世の中です。
“政権交代”の期待を、見事に裏切った民主党の政治・社会・経済対策は、ドン詰まりです。加えて、北朝鮮・中国は、アジアに新たな軍事的緊張を生んでいます。軍隊を持たないわが国・日本は、非常に苦しい立場に追い込まれるでしょう。
 
 しかし、泣き言を言って解決する訳ではありません。
この時こそ、社長を始め、企業のリーダーは、努めて明るい、将来に希望のある言葉を吐くことが重要です。
「蚕」とは、社長であり、真のリーダーであるのです。
明るい、希望ある言葉が、即ち「正論」であり、「絹を吐く」ことです。
 「正論」を吐くには、「勇氣」が必要です。
たとえば、社長が、同業者団体の席で、次のように発言したら、どういう反応・反響があるでしょうか?
 *商いは、利よりも、義が優先されねばならない!
 *社長として、社員を守るために、自己犠牲もいとわない!
*リーダーとして、正義のためならば、命を投げ出す! 等々
 
 「正論」を吐くと、必ず周囲(時には身内・社内)からは、色々な批判や、心無い中傷があります。
それに耐えて、自ら信じる道を歩むには「勇氣」が必要なのです。
古典にも“義を見て為さざるは、勇なきなり”とあります。
この勇氣が無いと、正しいと思っても、批判や中傷が怖くて発言できない。身に危険が及ぶかも知れないと、逡巡するのです。

キラリと光る言葉を吐くには、日ごろから「明るい希望ある言葉」即ち「正論」である「絹」を、吐けるように、インプットしていることです。どしどし、脳内だけでなく、心にも、体全体にも、インプットしていることです。いざという時に、それが出るのです。
インプットしたことが、アウトプットするという、当たり前のことなのです。

社長、「蚕だけが絹を吐く」ように「自分だけは正論を吐く」を、合言葉に、頑張って参りましょう。わが社の社員だけでなく、日本が良くなります。


2012-04-01


 「社内埋蔵金の発掘」が、経営者の間で、一種のブームになっています。

 手許資金を増加させ、金融機関からの有利子負債を減少させて、資金繰りを改善しようとするものです。当然に自己資本比率も向上します。

 たとえば、不要不急の資産・不動産等を売却し、現金化することです。
 帳簿価格が、1000万円のゴルフ会員権を、時価100万円で売却すると、売却損が900万円発生します。しかし、この損は、当期利益と相殺されますから、約350万円の節税効果があり、売却資金100万円と、合計450万円の現金増になります。
 売掛債権の早期回収や、たな卸資産の圧縮も、同じ効果があります。
 投資有価証券・保険積立金の見直しも、効果があるかも知れません。
 是非、この機会に、わが社の「社内埋蔵金」を見直して下さい。 

 「社内埋蔵金」は、実は、もう一つあります。しかも、古くて新しい、社内最大・最高の「社内埋蔵金」です。
 それは、社長を筆頭とする、全社員です。すなわち、「やる氣」「本氣」「元氣」にあふれ、活き活き働く集団創り「人間(人財)創り」です。

「させられる仕事から、する仕事に変わるとき、苦しみは喜びに変わる」
仕事の面白さ、楽しさ、働き甲斐に気付くこと。
仕事を通じて、世のため、日本のため役立つ喜びを感じること。 
自分自身が、仕事を通じて人間的成長をすること。
熱く燃えて「完全燃焼」して生きること。

こんな会社は、“いい会社”でないはずがありません。
お客様から支持されないはずがありません。
利益が出ないはずがありません。

社長、先ず、社長自身が、最高・最大の「社内埋蔵金」を有していることに気付くことです。
後は、掘り出すだけです。粘り強く、深く深く掘り続けましょう。
必ず“大金脈”に、ぶち当たります。
これからが、楽しみです。


2012-03-01

 日本中が震撼した、あの東日本大震災から、今月で、丸一年を迎えます。まだまだ、多くの困難・不便・苦悩と日々奮闘なさっている方々が沢山おられます。
 日本人にとって、自然災害は避けて通れない問題であり、ある種の諦観を持ち、その都度乗り越えて来ました。しかし、今回は、人的災害というべき、原発災害の方が長期的で複雑な問題を残しています。経済の発展・豊かな暮らし・快適な生活をもとめるあまり、我々は、超えてはならない限度を超えたのかも知れません。

 今一度、日本人としての信義・道義・正義を問い直す機会にしたいものです。
 経営者として、経営の目的とは何か?経営者として、この命を何のために使うのか?経営者として、生き甲斐とは何か?経営者として、志は那辺に在りや?
 時代が、我々経営者に、この事を問いかけているのではないでしょうか?

 大東亜戦争の終焉を、正しく総括することなく、GHQを中心とした「東京裁判」で、すっかり自信も誇りも失い、洗脳に近い教育を受け入れ、今日を迎えました。
 戦争での勝敗の責任と、正義は同じではないはずです。戦後長く、自虐史観に苛まれ、日本の歴史や伝統・文化・精神までもが否定に近い環境に置かれて来ました。

 今回の、東日本大震災で、図らずも、戦後一貫した、米国の洗脳が一気に取り払われたようです。卑近な事例では、米国から、国際化の時代だから、弁護士や公認会計士を増やすように要請され、唯々諾々と受け入れた結果、増やした人数分がそのまま余剰となりました。有能な若者が、最難関の国家試験に合格しても、仕事に就けないのです。元来、日本には日本のやり方があるのです。信念も勇気もない日本のトップには期待できません。ならば、我々、庶民レベル、中小企業の親父が、頑張ることしかありません。幸い、このレベルの人間が一番、洗脳されなかったのです。
 日本人が本来持っている資質に気が付けばいいのです。古来、先達から受け継いだことを思い出せばいいのです。家訓や商人訓に示されていることです。

 「恭倹己を持し、博愛衆に及ぼし、学を修め業を習い、以て智能を啓発し、徳器を成就し、進んで公益を広め、世務を開き、常に国憲を重んじ国法に遵い」
 これは、教育勅語の一節です。
 如何でしょう。ここに、我々が、戻るべき原点があります。決して、マネーゲームのような、強奪的な儲けのような、他人を泣かせてでも、という心は微塵もありません。当に、我々中小企業の社長が望むような経営の基盤があります。

 社長、社員と会社の為なら、この命を捨てても悔いはない!という、日本人としての誇りを胸に、頑張って参りましょう。社員さんは、ついてきてくれます。


2012-02-01

「盛年重ねて来らず、再び晨(あした)なり難し。

  時に及んで当に勉励すべし。歳月は人を待たず」    陶 淵明

私は、昭和27年1月18日生まれですから、この1月18日で、還暦を迎えさせていただきました。
大好きな陶淵明の漢詩が、深く胸を打つ年齢になったことに感慨も一入なものがあります。

振り返れば、本当に沢山のご縁と出会いをいただき、多くの人に支えられ、お蔭様で今日があります。
昭和53年に、26歳で脱サラし、会計人の業界に入りました。徒手空拳・無手勝流で、今日まで来させていただきました。当時を思えば私自身、ひそかに冷や汗の出る思いも少なくありません。わがままを許した下さり、暖かく見守って下さった先輩諸兄には、感謝の他ありません。
爾来、会計人人生も、34年になります。

これからの人生は、今まで頂戴し、私自身が学び体験したあらゆるものを、一度、整理し、取捨選択し、そのエキスを、後代に伝えることが、会計人としての役目だと思っています。「恩送り」の真似事をさせていただこうと思います。

「先哲に学ぶ人間学」と題し、毎月1回3年間を1クールとして、勉強会を開催させていただきます。
目の前の経営に、生身の人生に必要な、人間としての、日本人としての「帝王学」を身につけ、一回限りの人生を、正々堂々と、完全燃焼して生きる「よすが」になればと願っています。

もとより、学者でも、宗教家でもない、市井の実務家の学びをまとめています。系統立てた、学術的なものとは程遠いものになります。
しかし、切れば血の出るような、熱い思いは伝えられると自負しております。

場所・日程・スケジュール等は、私どものホームページをご覧ください。
社長、「時に及んで」は、“今だ”と思います。当に「勉励」して参りましょう。


2012-01-01

平成24年。 新年、明けましておめでとうございます。

新年に当たり、今一度、事業の目的を再確認して参りましょう。

案外、この事業の目的を等閑し、本末転倒の経営をして、社長が一人悩んでおられる場面が多いものです。
何故、利益が必要か、何故、売上を伸ばさねばならないのか。どうして、仕事は、一所懸命で取り組まなければならないのか等々、当初は明確であったものが、日常の多忙さに追われ、目的と手段が混同し、あるいは逆転しているのです。
従って、社長の動きが空回りし、成果が出ず疲れだけが蓄積していくのです。

 事業の目的の、第一は、社員を物心両面で幸せにすることです。
 確かに、「お客様第一」であり、「世のため、人のため」であり、「日本のため」であることは、間違いありません。
 しかし、共に働く社員さんが、活き活きと、喜んで、全力投球してくれなければ、事業経営の意味がありません。働く意義を教えて、給料を少しでも多くし、社員さんを幸せにすることこそ、事業の目的であり、社長の仕事です。
 そのために、利益が必要であり、資金が必要なのです。

 論語 巻第七 子路第一三に、 
「葉公、政を問う。子曰く、近き者説(よろこ)べば、遠き者来たらん」とあります。

まず、社長の一番近い、社員さんが、喜んで働いてくれる職場であることです。社員さんは、人生の大半を、この仕事にかけるのです。一日の大半を、仕事に使うのです。ならば、徒や疎かにできません。同時に、社員さんは、仕事に対する、その努力の中で、多くの気付きと学びがあり、人間的成長を遂げていくのです。
それを導き、鍛錬するのが、社長の仕事です。
「一流の経営者は、一流の教育者である」といわれる所以です。
そうすれば、遠き者来たらん、すなわち、お客さんも増えるのです。

社長、平成24年を、スタートするに当たり、今一度、事業の目的、経営の理念に立ち戻り、奮闘努力して参りましょう。


2011-12-01

 社長が、自分の“命を懸けて”実現すべき最大のものが『経営理念』ではないでしょうか。なぜなら『経営理念』は、我が社の、目指すべき方向、我が社の存在理由そのものだからです。

 『経営理念』は、社長が、先頭に立ち、社員さんを巻き込み、ベクトルを合わせ、実現すべきものです。
 常々、社長は、社員さんを前に、熱く語り、訴えておられるはずです。

 しかし、現実は、どうでしょうか。社員さんが、社長の思いに賛同し、諸手をあげて協力してくれているでしょうか。心底、『経営理念』の実現が、自分の人生を豊かなものにすると納得されているでしょうか。
 もし、社員さんとの間に、何となく、すき間風を感じる。どうも思いが、しっかりとは届いていないようだと思われたら、次のことをチェックしてみて下さい。

 最重要なのは、あくまでも、社長が“命を懸ける”ものであって、“命を懸ける程”でも“命を懸ける位”でもないということです。
 この差、この違いが、結果を「真逆」にしているのです。
そこに氣が付かず、社長が悶々とされている例が多々見られます。

 こういう例で示しましょう。
水の温度は、100度で沸点に達し、気化します。即ち、液体から気体に、質的転化をします。
しかし、100度に近い、99度では、液体のままです。その差は、1度ですが、結果は、全く違ってきます。
 “命を懸ける”とは、この沸点に達する100度を言います。99度は、極めて100度に近いですが、“命を懸ける程”“命を懸ける位”なのです。
 ですから、社員さんに、社長の熱が、気迫となって伝わらないのです。

「百尺竿頭、一歩を進める」と言います。
「百尺竿頭」には立ったのですが、残念ながら「一歩を進める」がないのです。
社員さんは、社長の、その「覚悟=本氣」を、冷静に観ているのです。

 社長、“命を懸けて”『経営理念』を実現して参りましょう。


2011-11-01

 「曽子曰く、吾日に吾が身を三省す。
  人の為に謀りて忠ならざるか、
  朋友と交わりて信ならざるか、
  習わざるを伝えしか、と」     論語 学而第一 
 
 近江商人は、元来、「利」の前に「義」を優先しました。
それが「三方よし」にも現れています。目先だけ儲かれば良いというのではなく、何代にも渡る、「商いの道」を追及する姿勢がありました。それが、近江商人の家訓・社訓として残っています。
 しかし、いつの間にか、義を忘れ利に走り、目的と手段を混同し、本末転倒した結果が、現在の姿です。何かに追われるように、バタバタと落ち着きを無くし、無用の不安や心配におののき、疲れ果て、一番大切な家族間・会社内の人間関係までギクシャクしています。

 今、見直し、立て直すべき第一番の課題は、「商いの道」ではないでしょうか。
 論語は、決して一部のインテリや学者の教養ではなく、我々の日常の実務に、活かしてこそ意義があるものです。実務家として、そうでなければ成らないと信じています。
 
上記の「曽子」を、「社長である自分」に置き換えて下さい。

お客様の相談に対して、真に役立つことを提案し、一点のやましさもなく、誠心誠意尽くしたか?自分の利益を優先しなかったか?
 
社員との会話に、ウソや偽りはなく、自分の、言ったことと自分の行動は一致しているか?信じてもらえる、日頃の自分か?

社員への教育は、自ら実践し、身に付いていることを教えているか?
未熟な知識や、確信のないことを伝えなかったか?

このことを、毎日毎日、反省し、自らを高めていくことです。
社長、商いの本来の道に立ち戻り、全社員にも伝えて参りましょう。
そして、経営に対する自信と誇りを取り戻し、正々堂々と王道を邁進して参りましょう。
 


2011-10-01


 古典を学ぶことの重要性を説いていますと、二通りの反応があります。
 一つは、そんな古いものが、厳しい現実に役立つのかという疑問です。そういう方は、概ね、テクニックやハウツウものが好きで、即効性を重んじます。従って、古典を学ぶことを拒否されます。
 二つめは、色々な悩みや、不安の中で悶々とし、解決策が見つからず、何とか古典に光明を見つけようと、すがりつく思いで、求められる方です。
 
“西のバイブル、東の論語”と言われる、古典の最右翼の書、「論語」を例に、そのさわりの部分を、見て参りましょう。
 「論語」は、余りにも常識的で、中立的で、善良で、これが実務に使えるのかと、実は、私も始めて読んだ時に感じました。
 その後、幾らか人生の波に揉まれ、悩み、呻吟するうちに、その魅力に取りつかれました。
「論語」の巻頭は、ご存知の「学而第一」です。
“子曰く、学びて時に之を習う”―――― と、始まります。
さらっと、読めば、学んで、習うか。それが、どうした?です。

しかし、多くの人は、「学んで」いますが、「習う」を閑却しているのです。
「習う」は、学んだものを、繰り返し繰り返し復習することであり、身に付け、血肉化することであり、日々の実務や実践に活かすことであり、重要な判断基準のベースにするものであり、更に、部下や仲間にも伝えられることであるのです。

このレベルまで、深く読み込めば、もう、表面を撫でるような理解では終わりません。古典が古い、と言う人は、ならば、今の東大の先生の著書が、500年後、否、100年後に、何冊、価値あるものとして残るでしょうか?と問いたいです。
おそらく、1冊も残らないと答えたほうが正解に近いのではないでしょうか。
2000年の風雪に耐え、時代の変化も乗り越え、現在に脈々と続いているのには訳があるはずです。
人間関係の原理原則、法則、変わらぬ真理があるからでしょう。
「論語」を読み、噛みしめ、習うと言うことは、まるで、2500年前の孔子さんが、隣に来て、直接、教えてくれるようなものです。
何と、有り難いことではありませんか。

社長、悩んだり、苦しんだり、途方に暮れるようなときは、是非、古典に「学び」、「習い」、商人道を、正々堂々と歩んで参りましょう。


2011-09-01

「一日の学問 千載の宝  百年の富貴 一朝の塵
 一書の恩徳 萬玉に勝る  一言の教訓 重きこと千金」    夢窓 疎石

 経験を積み、ある程度の年齢になると、こういう言葉が、ずしっと応えます。

 人生の師、越智直正会長から、教えていただいた、鎌倉後期の南禅寺住持、夢窓疎石の詩です。
 七百年昔の疎石の言葉が、現代を生きる私の魂を揺り動かします。

 一日、学んだ学問が、私の生涯を貫き、子々孫々にまで影響を与えるとすれば、徒や疎かに出来ません。まさに、人生のバックボーンです。(千載は千年です)
真剣に、深く学ばねば、教えてくださった師匠に対し、申し訳がありません。
 方や、営々と築き上げた、居宅や庭あるいは財産や貴金属は、塵・芥の類であり、
ややもすれば、それを守らんがために、係争になり、人間関係までもが崩壊している例が沢山あります。これでは本末転倒です。
 古典の一冊から得る、片言隻句は、人生の不安や、つまらぬ悩みから解放してくれます。今日を生きる勇氣と、元氣と、根氣を与えてくれます。
人生の王道を、正々堂々と歩ませてくれます。
 「寸鉄、人を刺す」、師匠からの、タイミングの良い一言は、目の前の暗雲を一掃してくれます。暗闇に一条の光を見出すことができます。
 
 社長は孤独だと言われます。最終決断は、すべて一人でしなければなりません。
 弱音が吐けません。暗い顔もできません。いつも明るく、元氣で溌剌としていなければなりません。うっかり、病気もできません。
それだけに、心を支える先哲の言葉や、教えてくれる師匠は絶対に必要です。
 
 私が、浅学非才を顧みず、「先哲に学ぶ人間学」を、毎月毎月、続けさせていただいているのは、少しでも、その社長のお役に立てればと願ってのことです。
同時に、師匠への恩返しの一つであり、「恩送り」の実践と捉えています。

 社長、共に学び、共に実践して参りましょう。


2011-08-01

「社員」を育てる、「社員」に気付きを与える、「社員」を本氣にさせるには、どうすればいいのか。
 「社員」に、仕事に対する使命感、愛社精神、帰属意識、忠誠心を、どう高め、維持するのか。 
 社長なら、例外なく、日々苦悶し、自問自答しておられることでしょう。

 実は、そのことが、社長の最大の仕事であり、「経営理念」は、その実践課題そのものなのです。経営理念は、額に入れ、社長室に飾るためのモノでは決してありません。日々の活動のバックボーンです。

 社長は、一旦雇用した社員の生涯に渡る扶養義務があるのです。
 機械設備や、器具備品とは、決定的に違うのです。簡単には、廃棄したり、交換したりできないのです。
 社長が、その社員を守るため、必死に働く後姿に、社員は、付いて来てくれるのです。社員は、社長の心に惚れてくれるのです。
 「人生、意気に感ず」という、人間関係を構築したかどうか、こういう大不況の時に表に表れるのです。

 実践哲学の森信三は「リーダーの眼目は、部下の魂に火をつけて、その全人格を導くところにある」と、語っています。

 それにより始めて、経営が成り立つのです。
 経営が良くなった、一番客観的評価として、財務諸表に出ます。我々は、会計人として、たくさんの事例を見ています。間違いありません。
 全員のベクトルが、社長とぴったり合っている証拠です。
 もし、良くなっていないなら、本氣さの不足、気付きの弱さ、教育の不足、あるいは、経営理念の浸透が徹底していないのです。
 指導や教育を、外部に委ねる事は、間違いです。
 上手に話す必要はありません。訥々とでいいのです。社長の言葉で、説いて欲しいのです。
 社員も、社長のナマの声、魂に響く言葉を聴きたいのです。
 社長の、熱い赤誠の言葉は、確実に社員の、魂に届きます。
 社長、誰よりも、この仕事に惚れこみ、ド真剣に取り組んで参りましょう。

 


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