日本中が震撼した、あの東日本大震災から、今月で、丸一年を迎えます。まだまだ、多くの困難・不便・苦悩と日々奮闘なさっている方々が沢山おられます。
日本人にとって、自然災害は避けて通れない問題であり、ある種の諦観を持ち、その都度乗り越えて来ました。しかし、今回は、人的災害というべき、原発災害の方が長期的で複雑な問題を残しています。経済の発展・豊かな暮らし・快適な生活をもとめるあまり、我々は、超えてはならない限度を超えたのかも知れません。
今一度、日本人としての信義・道義・正義を問い直す機会にしたいものです。
経営者として、経営の目的とは何か?経営者として、この命を何のために使うのか?経営者として、生き甲斐とは何か?経営者として、志は那辺に在りや?
時代が、我々経営者に、この事を問いかけているのではないでしょうか?
大東亜戦争の終焉を、正しく総括することなく、GHQを中心とした「東京裁判」で、すっかり自信も誇りも失い、洗脳に近い教育を受け入れ、今日を迎えました。
戦争での勝敗の責任と、正義は同じではないはずです。戦後長く、自虐史観に苛まれ、日本の歴史や伝統・文化・精神までもが否定に近い環境に置かれて来ました。
今回の、東日本大震災で、図らずも、戦後一貫した、米国の洗脳が一気に取り払われたようです。卑近な事例では、米国から、国際化の時代だから、弁護士や公認会計士を増やすように要請され、唯々諾々と受け入れた結果、増やした人数分がそのまま余剰となりました。有能な若者が、最難関の国家試験に合格しても、仕事に就けないのです。元来、日本には日本のやり方があるのです。信念も勇気もない日本のトップには期待できません。ならば、我々、庶民レベル、中小企業の親父が、頑張ることしかありません。幸い、このレベルの人間が一番、洗脳されなかったのです。
日本人が本来持っている資質に気が付けばいいのです。古来、先達から受け継いだことを思い出せばいいのです。家訓や商人訓に示されていることです。
「恭倹己を持し、博愛衆に及ぼし、学を修め業を習い、以て智能を啓発し、徳器を成就し、進んで公益を広め、世務を開き、常に国憲を重んじ国法に遵い」
これは、教育勅語の一節です。
如何でしょう。ここに、我々が、戻るべき原点があります。決して、マネーゲームのような、強奪的な儲けのような、他人を泣かせてでも、という心は微塵もありません。当に、我々中小企業の社長が望むような経営の基盤があります。
社長、社員と会社の為なら、この命を捨てても悔いはない!という、日本人としての誇りを胸に、頑張って参りましょう。社員さんは、ついてきてくれます。